食旅!(しょくたび!)第5話『いもと羊のごった煮に、草原の思い出をそえて』
このエッセイはぼくが2016年ごろの世界をフラつきながら食べ歩いた時の記憶であ
る。
もう数年前のことなので、細かい記憶は正直定かではない。残っている写真と何よりも脳
に刻まれた味の記憶でなんとなく筆をとってみた。
旅先で食べる異国の味は、その気候のなかで味わうと格別にうまいものだ。
生きることは食べること。
生きることが=旅することである私には、旅すること=食べることだ。
食べることは、もちろん大好きである。
ここでご紹介するのは、どれもぼくの心を打った食事の数々。
とはいえ、一人旅バックパッカーの貧相な食生活のなかの話だ。
スパイスがわりに少し他のエピソードを交えて合えておいて、グルメな皆さんにはちょう
ど良いかもしれない。
少しでも皆さんに「世界の舌触り」を感じてもらえれば、嬉しい。
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旅の途中に「馬に乗りたい。馬に乗って草原を駆け抜けたい」という衝動に駆られること
があった。
そんな思いがぼくを中央アジアのキルギス共和国に向かわせた。いまでも大好きな国の一
つだ。
首都ビシュケクの空港は簡素で小さく町には高層ビルもない。ゆったりした空気感がまち
を覆っていて西からきた旅人も、東からきた旅人もこのユーラシアの真ん中の国で長期に一休みする人間が多い。
人も優しく、シルクロード特有の食べ物も魅力的なおだやかな国なのだ。
そんな首都でであったスペイン人ふたりと僕は少し地方を旅した。
Kyzart という村からソン・コルという湖を目指して馬に乗るという冒険をする旅だった。
ビシュケクから乗合タクシーに乗り、何度か乗り継ぎながらKyzartを目指す。
乗合タクシーの中では地元の人間に髭を褒められたり「ムスリムなのか?」と聞かれた
り。
キルギス語もロシア語もわからない中でぎゅうぎゅう詰めのバスを楽しんでいた。
「ここがKyzartだ」と降ろされた場所には見渡す限りの平原と雪をかぶった高い山々が広
がっていて、曇り空の下に浮かぶその光景にぼくは思わず感嘆の声を漏らしたのだった。
ふらふらと村を歩き宿を探す。ホームステイのようなかたちで泊まるところがきまったぼ
くらは持参した食料を簡単に調理して簡単な夕食をすませた。宿の主人は小柄な老人で彼がしきりに馬乳酒をすすめてきて、その日は楽しい夜となった。
「コクボルを見てみたいか?」と老人が聞いた。それは馬にのる屈強な男たちが羊を奪い
合う、キルギスの伝統競技の名前である。
羊一頭分の費用を負担してくれたら、明日コクボルを見せよう。という主人の提案をぼく
らはのむことにした。コクボルの後には競技に使われた羊は食べさせてくれるとのことだった。
翌日。大平原で繰り広げられた熱気あふれる競技の様子は忘れられない。
緑の草原を駆け巡る男たち。馬と馬との体当たり。
ボールとなる羊は、頭を落とされ血抜きをされていたがかなりの重量だ。持たせてもらっ
たが片手ではもてないほど重い。
競技を見終えて興奮冷めやらぬぼくらは楽しみに羊料理を待っていた。
だが腹が減り切ったぼくらに運ばれてきたのは、ほとんどがじゃがいもで、じゃがいもの
中に羊の肉の破片が煮込まれたしろものだった。
ぼくらは失笑して一口くちにした。質素だが羊のかおりが楽しめるのは悪くない。
ほのかにピリ辛スパイシーでしぶい。
「きっと彼らはいまごろ、羊のフルコースなんだろうな!」
のこりの部分は、きっと村人たちで平らげているのであろう。
やられたなあ、と笑いあいながら食べるじゃがいもと羊のごった煮は、間違いなく良い旅の味がしたのだった。
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