食旅!(しょくたび!)第8話『竹のスープ』
ラオスにムアンゴイという村がある。
電気がない村だと聞いていたので、満点の星が見れるかと思って足を運んでみた。
大河の流れに揺られながらメコンをゆく。同じ船に乗り合わせた若いサングラスのラオ人が二日酔いとバスの揺れで瀕死だったので快方しながらの船旅。ユニクロのTokyoと書かれたTシャツを来た若い男は英語が流暢で、名前をサイと言った。
ムアンゴイの村につくと彼は礼をいって、僕を家に招待してくれた。サイは小さなカフェを営んでいた。村で取れた木材で建てられた家。壁には一面、切り絵のアートが飾られている。赤い用紙をバックに白い紙の切り絵。描かれているのは仏教のモチーフだろうか。明るい力を僕は感じた。
たどり着いてみると、ムアンゴイの村には電気がしっかり通ってきていた。ネットの情報などあてにならない。最近のことなんだけどな、とサイは言う。彼の店には次々と村の人々が訪ねてきた。多くの人が彼に会いにきているようだった。その度に彼は人々とビールを飲み交わし、むかえ酒を深めていった。
ドイツ人の旅人にもらったという右手の親指にはめた指輪が栓抜きになっていていつでもどこでも彼はビール瓶を開けられる。
「この指輪のおかげで、アル中まっしぐらだよ」
白い歯を見せてサイは笑った。
あっという間に夜になった。電灯のおかげで空には満点の星というわけにはいかなかったが、電球に優しく照らされるサイの店の中で僕は話を続けていた。
どうしてそんなに英語が上手いのかと僕は聞いた。
ラオ人の英語が話せる人は観光業に携わっている人間以外だと多くない。
「子供たちに英語を教えてた。教えることは学ぶことさ。俺は自分のコミュニティに何かを返したいと思ってる。コミュニティがあるから俺は生きていられるから」
サイの家庭は裕福ではなかったため高校を卒業してすぐに僧侶になったそうだ。ラオスでは地方出身者がしっかりとした教育を受けられず、職につくのも難しい場合、僧侶になるという道がある。僧侶になると仏門の修行の他に基本的な教育を受けられ、図書館を使うことも、英語を学ぶこともできる。
「次はな、ゴミを綺麗に片付けるってことをやっていきたいと思ってる。ここの人たちはさ、ゴミをすぐに道に捨ててしまうから。大きな事は俺にはできない。金はない。学校を建てたりはできないよ。世界を変えたりもできないだろう。俺ができるのは本当に小さいこと。このコミュニティにできること」
どこからそういう発想がくるのか。仏教が君に大きな影響を与えたと思うか、と僕は聞いた。
「そうだね。そう思う。俺は小さな頃から悪ガキで悪いことばかりやってきたから。コミュニティや親には恩返しをしたいって自然に思ってる。いつでも自分の足で立ちたいと思ってるよ。でも失敗ばかりしてきた。1年半、僧侶をしてそのあとバーをやってた。毎日夜中まで飲んで、夕方起きる、バンパイアみたいな生活をしてたな。でもまあそれは辞めたんだ。それからアートを学んでいまはここでこの店をやっている」
サイの両親はルアンプラバンに住んでいて父親は病気でかなり状態が悪いらしい。ここから動きたいとは思わないのか?それだけ英語もできればルアンプラバンで他に仕事もあるだろう、と僕は聞いた。
「いい質問だ!心の深いところでは俺はここから動きたくないんだ。俺はオールド・バッファローなのさ。スマートフォンとかもよくわかんねえし、テクノロジーがいっぱいあるとこにいくのも嫌だ」
何もないが、ここはいい場所だなと僕がいうと、彼はYESと笑った。
「前に日本人の彼女がいてな。大阪に住んでる。メールで俺の写真を彼女に送ってくれないか。俺はそういうのよくわからないから。うまくはいかなくなったけど、俺はあの子が人生で運命の人だったと思ってる。」
いつでも待ってるって伝えてくれよな、と彼は言った。

宴会も終わりに近づき、サイはお茶を入れてくれた。少しの餅米と川苔をあげたものを口にしながら特製の竹のスープに口をつける。
若い竹なのだろうか。無造作に切りとられて削られた細い竹。とんでもなく、にがい。唇から喉までしびれるんじゃないかと思うくらいににがくて、僕はむせた。
そもそも竹は食べられるものなのか。ラオ人はなんでも食べるとはいうけれど、これは食べ過ぎなのではないだろうか。
サイはむせる僕を笑いながら竹のスープに口をつけ、竹をほおばる。この苦味がたまらないらしい。
沈殿している小さな葉がまた苦い。つらい。
「オールド・バッファローがここを動く時がくるとしたら、それは愛が理由でしかない。俺にはこの両手と、ハートしかないけどね。」とまた彼は日本人の女性への愛を口にした。
翌日ムアンゴイを離れた僕はサイに渡された日本人女性のメールアドレスに彼の写真を添付して送ったが、返事が届くことはなかった。
そのことを思い出す度、あの竹のスープのにがみを思い出す。
いまは大勢が訪れる観光地になっているかもしれないあの村で、オールド・バッファローはいまでも動かずに愛を語っているだろうか。
チャーミングな彼のまっすぐな思いが、届く日がくれば良いのだけど。
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