食旅!(しょくたび!)第1話『タコス』

このエッセイはぼくが2016年に世界をフラつきながら食べ歩いた時の記憶である。


もう数年前のことなので、細かい記憶は正直定かではない。残っている写真と脳に刻まれた味の記憶でなんとなく筆をとっている。


旅先で食べる異国の味は、その気候のなかで味わうと格別にうまいものだ。

生きることは食べること。

生きることが=旅すること なら,

旅すること=食べること と言ってもいいのかもしれない。

食べることは、もちろん大好きである。


1話目は、素直に旅の途中に「一番美味しい」と覚えているものにしたいと思う。

とはいえ、一人旅バックパッカーの貧相な食生活のなかの話だ。

スパイスがわり旅の情景を和えておいて、グルメな皆さんにはちょうど良いかもしれない。

少しでも皆さんに「世界の舌触り」を感じてもらえれば、嬉しい。


第1話 オアハカシティ メキシコ

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メキシコというのは広大な国だ。

西の果てにバハカリフォルニアという半島がある。そこから旅を始めたぼくは約1ヶ月をかけてメキシコを横断した。

海を渡り、山をゆき、大地を列車で駆け抜けて、20日目ごろに東部メキシコの入り口 オアハカという町にたどり着いた。


ネイティブアメリカンの文化を色濃く残すこのオアハカは、チョコレートとチーズが美味しい町としても知られている。

チーズにはぼくも少しはうるさいほうなのだが、残念ながら今回のお話はこのどちらについてでもない。

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青やピンクのカラフルな建物が並ぶ町を、乾燥した風が駆け抜けてゆく。

ぬけるような青空の下の協会で鳴り響く協会のベル。

石造りの古い教会からでてきた純白に身を包んだ花嫁が、笑顔で待つ男性に手をとられて歩いていく。

異邦人であるぼくもその光景に思わず参列者と一緒にふたりに拍手を送る。なんだかニンマリしてしまうような風景が、そこかしこに転がっている。


ここに来るまでに幾度も明るく陽気な人々に助けられてきたぼくは、メキシコという国を心から気に入っていた。

心地の良い時間の流れるこの町にも、しばらく滞在してみようと思ったのだった。


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町の空気を楽しむ日々。

そんななか連日通った場所が、中央市場だ。

活気溢れる場所でいつも多くのひとで賑わっている。

この中央市場には食堂街があり、どこも安くうまいものが食えるため貧乏旅人には重宝していた。


なかでも毎日食べたのはタコのタコスである。

ギャグでは決してない。タコの、タコスだ。


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トウモロコシの粉で作ったトルティーヤのうえに色々な具材をのせる タコス はメキシコを代表する料理だ。


メキシコの別の土地でも毎日のように食べていたものだが、このタコスが数年の時をこえて脳にガツンとくるくらいうまかった。


陽気な親父が自分の掌の上で玉ねぎをみじん切りにする光景にまず足を止められる。

慣れた手つきで玉ねぎとトマトをトルティーヤに盛ると、さっと茹でたタコをふんだんにトップアップ。返す刀でパクチーがまぶされ、仕上げにくるりとチリソース。ライムはお好みでよろしくね、ときたもんだ。

くずれてこないかとゆっくりほおばると、くずれることがどうでもよくなるくらいの地平が見える。


そうか底に隠れているのはチーズか。あえて名物を前面にださない心意気はもはや大和魂。

チーズのまろやかさが玉ねぎとトマトの酸味をうまくまとめていて、その上にぶつ切りのタコの食感が覆いかぶさってくる。

チリソースのコクのある辛みとパクチー・ライムの爽やかな香りは、陽気なこの町にぴったりだ。


「muy rico?」うまいだろ?と親父はニンマリ笑いかけてきた。

旅を続けていてよかったな、とぼくは思った。

ひとり旅は楽しいことばかりじゃない。つらいことも寂しいこともある。

それを吹き飛ばすものに会える瞬間があって、だから旅を続けている。

親父の笑顔と絶品タコのタコスは、孫にも語り継ぎたくなるほどの、忘れられないうまさだった。

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